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艇名の由来
「ヘイ、ヒロ!ここまで来るのに何回グリーンフラッシュを見た?」「えっ、何それ??」
ヨットレース参加のため赤道を越えて来た私は、オーストラリアセーラーに、その意味を初めて教えてもらった。
そして帰路のレース中、赤道近くで初めて見た。真っ赤な太陽が徐々に沈んでいき、最後の最後に太陽のトップが、水平線に隠れる瞬間!ポッと青緑に光った。しばらく呼吸と心音と時間が止まり・・・以来、虜になっている。
それから10年後、これまでの自分の海のキャリアのすべてをかけ、満を期して進水させた艇に、その名前を命名。
緑閃光を意とする「GREEN FLASH」と・・・1997年11月の晩秋の宮古島で」。以来、この艇は多くの海好きな人々に愛され、親しまれ、そしてその艇名に由来する自然現象は、広く知られることとなった。2003年9月11日、奇しくもニューヨークの同時多発テロの同月同日、宮古島に未曾有の超大型台風14号が来襲し、コンクリート製の電柱900本余をなぎ倒し、この艇を沈めるまでは。
5年10ヶ月という短い年月に、多くのゲストの心を虜にしながら、海中にその姿を隠したのは、まさしく艇名の通りだったといわざるを得ない。
台風が過ぎ去り絶望と失意の中、この艇を愛した多くのゲストの声に励まされ、かろうじて立ち上がることが出来たことに、このページを借りて、改めて感謝申し上げたい。
その時以来「この艇は自分だけの物ではない・・・」と気付かされ、以来、ゲストから預かっているつもりでこの艇と付き合っている。
失意の中から立ち上がり、港内に沈んだこの艇を引き上げ応急修理を施し、生まれ故郷の台北随一の造船所へ回航したとき、この造船所の職人達が、まるで傷ついた我が子を迎え入れるように受け入れてくれ、造船所全体がこの艇の復活に寝食を忘れて作業に取り組んだことへも、感謝申し上げたい。
奇跡的に復活したこの艇の名前を、「TIDA again」と改名したのは、西の空へ沈んだ太陽が、陽はまた昇るように、TIDA(ティダ=宮古島の方言で太陽を意する)again(再び)、すなわち太陽再見(希望再び)という思いを込め、改名したことを理解して頂けると有り難い。
早いもので、復活してから6年が過ぎ去り、毎年、何かしら進化し続けているこの艇だが、これからもさらに多くのゲストの「究極の大人の休日」のために進化続けていきたいと考えている。
これまでの海外への航跡
1997年 台北・淡水~宮古島 220海里
1998年 宮古島~パラオ諸島 1200海里
パラオ諸島~宮古島 1200海里
1999年 宮古島~台北・淡水 220海里
台北・淡水~宮古島 220海里
2000年 宮古島~パラオ諸島 1200海里
パラオ諸島~宮古島 1200海里
2001年 宮古島~サイパン島 1300海里
北マリアナ諸島3航海 1800海里
サイパン島~宮古島 1300海里
2003年 宮古島~台北・淡水 220海里
2004年 台北・淡水~宮古島 220海里
2008年 宮古島~パラオ諸島 1200海里
2009年 パラオ諸島~宮古島 1200海里
2009年 宮古島~パラオ諸島 1200海里
2010年 パラオ諸島~宮古島 1200海里(予定)
( 除く、国内の航跡)

